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●おふれ書き そろそろ日付が変ろうとしている時刻、なにやら怪しげな連中。 「今晩は。」 「来たぜ、やるぜ。」 「来ました。」 挨拶はそれぞれでも自分の仕事が終了した後、車を飛ばしやって来たいつもの連中。懐に 各自おふれ書きを忍ばせてやって来た。 W氏からのおふれ書には「今回の観測は4時50分から17時10分迄です。現場で野宿する か、車中泊のつもりで集合して下さい。」と書いてある。現地へ行くのに1時間ほどかかり、準 備に30分かかるとしたら、現場に一番近い私でも朝3時には出発しなければならない。 すっかり人をこき使うのが趣味になってしまったW氏と、従順に飼い慣らされてしまっ我々四 人は23時30分集合という泥棒が出そうな時間での集合となったものである。 だが、一人やって来ない奴がいる。日頃から夜遊びがすぎると批判の多いY氏がまだやって 来ない。どうも世間の常識から外れた集合時間で、おまけに日頃の生活態度が悪いため、家 族の信用が無く、出て来れないのでは。といった無責任な話をしているとやっと彼がやって来 た。 「ちわーす。子供がなかなか寝んので遅くなりました。」と明るい声のY氏。 「やっぱり、子供にも信用されていないないんだね。もっと真面目にしなさいよ。」 Y氏散々仲間から冷やかされるが、これで全員が集合。時間はもう既に午前1時を過ぎてい た。 ●説明 早速、W氏から今回の観測計画が全員に説明される。 「今回の現場は、急傾斜の山と海に挟まれた平地の少ない場所で地形が悪くGPS観測によ る基準点観測が一番最適な場所ですが、そのGPS観測を行なうにあたってもカーテン観測の 結果、衛星の電波を受信出来る時間が限られ、5個受信するのがぎりぎりで、特に国道に設 置する新点での条件が悪く、いろいろ考慮するとこの早朝の時間帯からの観測になります。」 「もう、他の時間帯では無理なんですか。」 「あるけど、後は今の午前1時からの時間帯になって、しばらく後が空くようになるんよ。」 「各セッションの間隔が空かないほうがいいよ。最後のセッションは厭になってくるから」 説明が終ると午前2時を過ぎていた。 「どうする。今から現場に行って寝る事にする。」 「いや、今からでは寝れないですよ。現場で準備もありますから。もうしばらくして出発しましょ う。」 それから20分後、現地に向かって出発。 ●深夜の作業 我々の最大の弱点。県下各地に分散している事であり即座に全体での行動が出来ない。そ のため前回選点し基準点鋲の設置の下準備は出来ていたのだか、まだ完全に設置していな い場所が2ヶ所あった。兎に角観測の始まるまでにその場所に基準点鋲を設置しなければな らない。1ヶ所は私の不手際から基準点鋲が不足したため設置出来なかったがコンクリート杭 の埋設は既に終了し、コンクリート杭に穴も開け基準点鋲の到着を待つだけになっていた。も う1ヶ所は地形的な問題があり、新点を設置したいのだが山に囲まれた場所でカーテンの状態 を観測し、衛星が受信出来れば設置しようと、観測計画待ちの状態であり、一応コンクリート擁 壁の位置にドリルで穴を開けて基準点鋲を設置しようと予定し、スプレーで印だけをした場所 であった。 「観測計画を立てた結果、この場所で何とか観測出来るようですから、基準点鋲を設置しま す。その後コンクリート杭を埋めた場所に基準点鋲を設置し、順次観測の地点で、全員で3メ ートル脚を立てる事にしましょう。」 事務所を出て約40分。午前3時やっと基準点鋲を設置する新点に到着。国道横に車を5台 停車。コンクリート擁壁に穴を開けるためのドリルの音が響く、ここは漁師町、海の上から同じ ように漁船のエンジン音が聞こえる。 すばやく穴を開け、接着剤を練りこみ、基準点鋲を設置。 こんな時間なのに、我々以外にもライトをつけた車が通る。恐らく釣り人の車だろう。だが釣 り人は我々をどう思っただろうか。こんな夜中に男達が国道横に車を止め、なにやらごそごそ やっている。もしや犯罪ではと心配したに違いない。 我々もひょっとして警察を呼ばれるかもしれないと心配しながら1ヶ所完了。 続いてコンクリート杭を既に設置している国道横の新点に移動。無事基準点鋲を設置する。 これで今回の新点全てに基準点鋲の設置が完了した。観測点は与点の四等三角点4個、新 点の2級基準点7個、3級基準点1個、合わせて12個。これを6セッションでの観測する。 ●全員で 午前3時30分、与点となる横はえに3メートル脚を全員で設置するために農道に向かって移 動。車が通れる農道からは300メートルほど道のない稜線を歩かなければならない。 「この辺りは蝮が多いところだから注意してね。」 「4月の初めだから、まだ蝮はでないですよ。」 といいながら、各人しっかりと安全靴を履いて、蝮に備えている。 月夜とはいえまだ辺りは暗い。懐中電灯をつけ稜線を歩くが、日中の見慣れた風景とは相違 している。全体の地形が見えず、懐中電灯で照らす場所しか見えないため地形が極端な地形 のように思われ、特徴のある地形から右に曲がると思っていた事が、全然役に立たない、前回 の観測で鎌で切り開き、かなり道をつくつていたのだがそれでも迷ってしまい、現場に行きつく までに倍の10分ほどかかってしまった。 全員がいろいろな資材をもって到着。脚立、3メートル脚、GPS受信機。 今回は、W氏が気を気かして私に三脚の設置を任せてくれる。先ずは下げ降りをつかい、大 体の位置を確定し、三脚を踏み込む。脚立の上にのり整準台を覗きこみ、脚頭の水平を保 ち、求心を行うがやはり暗い。今回は前回の教訓により懐中電灯で照らしながらの設置である が、やはり日中とは勝手が違う。あれやこれや思考錯誤を繰り返しながら、それでも10分程で 設置が完了する。受信機の高さは3メートルを越えた。 次の場所の新点8もやはり3メートル脚を使用する。丁度近くに松の木がある。その枝を越え るようにと2メートル50程度の高さにするが全員慣れたおかげで5分程度で完了。 観測開始の時間がどんどん迫って来た。今回は都合で器械が4台しか使用出来ないため、 一番遠い位置の新点5に向かって、観測を担当するY氏と道案内を兼ねたO氏が直行。 新点5は海岸の防波堤に位置しており、器械は通常の高さで設置出来る場所である。Y氏は この位置で前半の4セッションをずーっと待つ事になる。 残りの三人で新点6の受信機の設置にあたる。この位置は道路の擁壁に基準点鋲を設置し たのだが、丁度真横にカーブ・ミラーがあり、前々回のカーブ・ミラー横での観測で乱反射の影 響をもろに受け、バイアス決定比が著しく低かったため、前々回の反省からここも3メートル以 上にしなければならない。 3メートル脚を立て、更に継ぎのポールで81センチ高くし、高さは3メートル50近い高さにな った。これならばカーブミラーの上に受信機が飛び出して、乱反射も関係なくなる、前回の事が あるだけに「ざまあみろ。」といいたいような気持ちになる。 これですべての受信機の設置が完了した時間は既に午前4時30分になろうとしている。 受信機の画面の文字をみるにはまだ懐中電灯のいる時間でもある。 W氏から「アンテナの高さを間違えないように、入力の単位を間違わないように。」と確認の 言葉がある。前回間違った私としては「はい。はい。」と只ひたすら従順になるしかない。 ●眠たい いよいよ、観測開始。今回はセッション数が多いため、特にバッテリーの充電には念入りに やれとの指示があり、予備を含め4個すべてのバッテリーを完全に充電している。 受信機の都合で1日6セッションの観測になり、バッテリーの充電もれがあると全員に迷惑が かかると、夜中のバッテリー充電も再々確認をしたため、バッテリーの心配はない。後は最大 の原因となる人為的なミスに注意しなければ。しかし眠たい。先程までは緊張していたせいか あまり眠たくなかったが一人で観測点に取り残されると、不思議なもので、観測時間開始ととも に電源を入れ、操作しなければならないのだが、どうにも眠たい。それでも、時計とにらめっこ をしながら観測開始時間をひたすら待つ。 やっと観測開始5分前。電源を投入。操作を開始。衛星数5個。おお、よしよし。アンテナ高さ の入力。3メートルいくら。間違いない。アンテナの種類。高さの別。ファイル名。すべて入力出 来た。まてよ。高さの単位は大丈夫かな。大丈夫。よし観測開始。もう大丈夫。高さをコンペッ クスで再度測る。 「脚頭まで2メートル50で、そして整準台の高さとアンテナの高さを一緒にしたものが0.222 メートルそして、継ぎのポールが0.81メートルだから全部足し算して。3メートルいくらか。間 違いないな。」寝ぼけ眼と、半分寝かかった脳味噌で必死に考える。 「おお、合っている。合っている。求心はどうかいな。おおこれも合うとる。よっしゃ。寝よう」 後は、ちょっと離れた車にもどり、運転席で毛布にくるまりながら、目をつむる。当然のように 浅い睡眠で、2、3分おきに目がさめる。 その都度「寝過ごしていないか。」と時計に目をやる。 とうとう外の景色も明るくなり。第1セッションの観測の終了時間になる。 えらく観測が早く感じる。退屈だから本を読もうと山程持ってきたのだが一向に読めない。さあ 次のセッションまで30分。このままの場所での観測だ。もうちょっと寝ようか。うとうとしながら 頭の中でGPS観測の事を考える。 ●新点3 今回の観測のための選点で、新点3についてW氏勉強になる事を言っていたな。 選点の時に、W氏がいつも遠方から来てくれるので、気の毒に思って 「観測計画図送ってくれているから、カーテン測っておこうか。大体の場所はわかるから。」 「いえ、かまいません。」 どうも私の選点の能力が頼りないので、私に任しては大変だという気持ちのようだが、続い て、「新点3の場所については、与点を結ぶ直線から、挟角が40度、直線への垂線となる距 離が500メートルのぎりぎりになるので、現場に行って直接位置を決めたいと思っていますの で選点に行きます。カーテンはその時測りましょう。それまでは自分の仕事を処理しておいて、 研修が仕事の負担にならないようにして下さい。」 ああ、そう言えば建設省作業規程の解説でGPS観測の際の注意点として説明があった。説 明を聞いた時は解った気になっていたのだが、送られた観測計画図を見たときに即座に判断 出来なければならない。 やっぱり分かっていないという事なのか。反省。 ●W氏の陰謀 いつもと違い観測中は、兎に角眠い。観測点への移動を行い、器械の据え付けが終わると、 すぐ近くの車に直行して、運転席で目を閉じる。半分眠ったような、半分おきている状態で観測 は続けられ、日頃、バッテリーの残量を気にして、バッテリーの残りの表示が僅かな表示にな ると画面に向かいぱなしになり、残量が少なくなれば、観測の始まる前に新しいバッテリーに入 れ替えるようにしていた私も、「ええい、バッテリーの残量がなくなっても、2個バッテリーがあ り、新しい方に自動的にリレーするんだから、放りっぱなしで大丈夫。画面の表示が変らない だけですと営業の人がいっていたな。眠たいから放っとくか。」段々、本来の不精者の根が出 てきてしまった。 バッテリーの残量が無くなり、器械から警告音が鳴る。そこでやっとGPSに向かって歩き出 し、ボタンを押す、画面は切り替わり、新しいバッテリーの表示になり、順調に器械は動いてい る。 「何だこんなものなのか。そんなに心配しなくてもいいな。根が不精者向きの器械だな」と変な 感心をしてしまう。 そんな新しい体験をしながらも、半分居眠りをしていた性もあり、観測は退屈する時間もなく 終了した。 全員が最後の集合場所に集まる。 「居眠りばっかりしよったよ。」 「僕も、さっきぐっすり寝てました。」 「ありゃ、僕だけか、眠らなかったのは。」 そんな会話になり、みんなほとんど寝ていたようである。 「居眠りしていたんで、観測は退屈しなかったね。」 W氏、にやにやと、「観測は前日に眠らずにやるといいでしょう。退屈しないでしょう。」 ありゃ、どうもW氏、このような事になると予測し、最初から前日寝かせてくれる気はなかった らしい。 本日の宴会の酒は少なく。宿舎にはすぐいびきの音が高らかに響いた。
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