高岡町基準点設置作業 16

            ( 番外編・準拠点実態調査 )




現地にあるものは

  図根多角点設置の為に歩き回っていると、いたるところで調査士会標を目にした。

  高岡町は以前大部分が農地であったが、開発により急速に宅地化が進み分筆登記がされた

 為だろう。


  分筆された境界にはアルミ製の会標や鋳鉄杭が設置されている。

  更にその土地の周囲を観察すれば、サビついて赤茶けた鋲がアスファルト舗装や道路の構造物

 の中にある。


  他にもプラスチック製の赤、白、黄、青色の座に鋲、そしてアルミ、ステンレス製の座をつけた

 大小いろいろな鋲がある。


  現地で目にした鋲は道路工事や下水道工事の鋲、そして用地幅の鋲であるかもしれない。

  一筆地調査前にこれらを法務局に提出された地積測量図により調査して、現地にある鋲の中

 から境界を引照する目的で設置された『準拠点』を探し出し、図根多角点から観測する。

  観測した後の処理についてはお楽しみということらしい。



準拠点とは

   境界を特定する方式として、境界の位置に直接不動標識を設置する方法と不動標識である

  引照点から角度と距離により特定する方式がある。


   境界そのものに不動標識を設置して更に引照点からその位置を特定出来るようにすれば最良

  の方法といえる。


   愛媛会では境界の全点不動標識設置とともに引照点からの境界位置の特定を推進している。

   準拠点は引照点のうち、引照点となる不動標識(構造物)に鋲を設置することにより1点に特定し

  更にそこに器械が据付出来る場所として定義している。


   法務局に登記申請のために提出される地積測量図には、必ず不動標識である境界標識(会標)

  と準拠点が記載されている。


   準拠点の位置は地積測量図の中に座標値とともに、『準拠点位置図』により詳細にその位置関

  係を図示して特定されている。



準拠点使用の歴史

   ここで愛媛会における準拠点について、その背景とともに老眼おっさんの当てにならない記憶を

  呼び戻すことにする。


   昭和52年の不動産登記法の準則改正により、従来の商取引のための面積優先から境界位置

  の確定を優先とされ、境界を特定する方法を明示すること、測量的にも公共測量での原則実施で

  あり調査士の業務内容を大きく変えるものであった。


   平板測量を実施していた調査士が主流であったため抵抗も多く、即座に対応することにはなら

  なかったが、調査士会によるトランシットの斡旋や測量方法の研修等が行なわれていた。


   昭和56年には、松山市高浜地区で法務局のモデル事業として調査士会員による基準点設置

  作業が行なわれた。


   昭和57年ごろには、地積測量図に求積地の実測をした2辺長の記載が必要となり、境界には

  原則として境界標識の設置が義務付けられた。


   境界標識の設置が出来ない場合は不動標識(引照点)から特定する方法が必要となった。

   調査士会からも調査士会標の設置と引照点からの境界特定について会員に順次指導され

  境界標識としてはコンクリート杭、プラスチック杭、鋳鉄杭(フジパイル)の境界標識やアルミ製の

  調査士会標が推奨された。


   アルミ製の調査士会標は境界に不動標識としてNo2以上の大きさ、長さの鋲を設置出来なくても

  No1の鋲2つで固定する会標であれば設置出来るだろうとして推進された。


   引照点についても、不動標識の中の特定した1点を準拠点と定義づけて推進した。

   この頃には、品質の良い充電式のドリルが発売され、コンクリート構造物への鋲の打設も容易

  になった。


   松山市鷹子町の不動産登記法第17条地図作製モデル作業(以下鷹子17条という)の実施に

  先立ち、各支部に指導者が出向きトランシットによる2対回観測の方法や手簿のつけ方の指導を

  行なった。


   昭和61年には各支部から選抜された図根点班(結果的には100名程度)により、鷹子地区全域

  の基準点が設置された。


   図根点班は4級基準点相当の観測とともに計算も行なった。

   昭和62年には全会員参加の研修としても位置づけされていた松山市鷹子の不動産登記法第

  17条地図作成作業が実施された。


   鷹子17条では全点不動標識として会標が一斉に使用されたことから全県下に広まった。

   同時にアルミ製の座の準拠点についても普及したが、それほど座についてはこだわらずに

  準拠点設置の推進を強力に推進していたため白鋲や赤鋲を使用する会員も多数いた。


   また、昭和50年代後半には廉価になったパソコンによる測量ソフトの普及によりプロッターの

  導入が始まり、そして一体型の光波測距儀の出現と調査士業務の実態は現在と同様となり地積

  測量図の内容の情報量は飛躍的に増加していった。


   法務局側も座標法での測量計算の受け入れ態勢が整い、現在のような地積測量図作成の環境

  が整いつつあった。


   調査士を取り巻く環境が大きく変化している時に鷹子17条参加により自支部会員同士は勿論

  の事、他支部の会員との交流も多くなり情報交換をすることにより各調査士の情報量が飛躍的

  に向上した。


   昭和63年には法定外公共用財産の立会者についても、機能管理者から財産管理者という

  松山地方法務局の通達により、立会い業務も充実した。


   愛媛会は平成2年を最初に、数度全県下の会員が法務局に提出した地積測量図を集め、製本

  したものを会員に配布した。


   他会員がどのような地積測量図が作成しているかを知り、その業務内容についても地積測量図

  から知る事が出来たことから、会員の自己研鑽の格好の材料となった。


   平成5年ごろ、今治支部が中心となってステンレス製の鋲と準拠点の座を作成し設置し始め

  ステンレス製の境界の座も会標に指定された。


   いずれにしても、昭和52年の不動産登記法準則改正により調査士業務の流れは緩やか

  に変化していたが、昭和62年全会員参加研修の鷹子17条により周知徹底することになり

  会員の業務内容の全体的な底上げになった。



   現在の愛媛会の業務指導の要素は、この時期の出来事が原点になっているといって良いだろう。



調査資料は地積測量図

   平成20年12月28日高岡町基準点設置作業の番外編ということで、そんな準拠点を調査の為に

  迷惑おっさんから基準点班に再び召集がかかった。


   午前8時30分、調査士会館の駐車場に集合した後、3台の車に乗り合わせ、現地のいつもの

  農道に駐車する。


   市役所の地図とともに、迷惑おっさんが法務局に提出されたこの地区の地積測量図の写しを

  入手している。


   市役所の地図も良く見ると、きちんとした土地の形状が記載されている。


   国土調査が既に実行されているかのような図面なのだが、課税のために航空写真により作成

  されたものらしい。


   更に市役所の地図の写しには道路で区画されたブロック毎に蛍光ペンで数字を書いている。 

   ブロック別に地積測量図の写しを編集しているようだ。

   本日は、その地積測量図に記載された準拠点があるかどうか現地を調査して、存在が確認でき

  れば設置した図根多角点から準拠点を観測するという手順のようである。



現地調査開始

   地積測量図には境界標識が記載され、その位置に会標が残っている。

   準拠点も周辺に4つ記載されている。

   記載されているコンクリート構造物の位置を探すと、アルミ製の座に調査士会と明示してあるもの

  にNo2の鋲を使用して設置している。

   30mほど離れたコンクリート構造物にも同じ様に設置してある。

        

       コンクリート構造物に設置されたNo2鋲とアルミ製準拠点の座


   だが、他の2点を調査するとコンクリート構造物にアルミ製の座のものは無い。

   良く探すと赤いプラスチックの座にNo1の鋲(以下赤鋲という)がコンクリート構造物にある。

   プラスチックの座は時間の経過によりヒビが入り、鋲も赤茶けサビている。

                 

                コンクリート構造物に設置されたNo1鋲


   もう一つの準拠点をNo1の赤鋲からの距離で探すのだが、コンクリート構造物には無い。

   テープで距離を計測してみると、アスファルト舗装の中にNo1の赤鋲が設置してあった。

   (平成5年作成地積測量図)


   小学校の北側を通る約1.2m幅の里道の入り口に赤いアルミ製の座の鋲(以下赤鋲という)が

  見つかった、地積測量図の記載ではそこから46mほど里道を進んだ場所にも準拠点があるはず

  である。


   地積測量図に記載されている里道の中の準拠点までの距離をエスロンテープ(以下テープという)

  で測りながら、準拠点のあるはずの場所を探す。


   その辺りの土を注意深く取り除いていくと、薄くセメントが張ってあるのだが、準拠点はそこには

  無かった。


   再び、里道入り口の赤鋲からの距離をテープで円を書く要領で準拠点を探してみると里道の反対

  側にある小学校敷地にアルミ製の会標があった。


   その会標の角が、ちょうどの距離になっている。

   準拠点の位置について申請地の中に設置するのではなく、申請地以外の場所に設置すべしと

  いう法務局からの指導があり、申請地以外の境界標識が不動標識であればそれを使用しても良

  いというものであった。

   ただし、これは引照点であり準拠点の定義とは多少相違することになる。

   (平成8年作成地積測量図)


        

   地積測量図に記載された準拠点から、もう一つの準拠点をテープで探す。

   注)上記記載の現場の作業ではない。


       

        コンクリート構造物に設置されたNo1ステンレス製準拠点


   団地の開発からの業務であろう。

   かなり古い時代の業務のようだがコンクリート構造物に水準点用の真鍮鋲を準拠点と使用して

  いる。

   境界にも独自の会標を設置してあり、境界に対する意識の高さを感じさせる。

   コンクリート構造物にNo1の鋲が設置されている。

   2箇所以上あるのだが、すべての鋲は赤茶けた色になり、磨耗して丸くなっているが残っている。

   しかし最初から座が使用されていた形跡が無い。

                   

                    コンクリート構造物にNo1の鋲を設置


   アスファルト舗装にNo1の鋲を設置しており、その位置が確認出来たのだが、他方の準拠点につ

  いてもアスファルト舗装の中にあるようである。 


   車の通行がありNo1の小さい鋲ではブルドーザーのキャタピラーや除雪作業等ですぐに亡失する

  のだが、良くぞ残っていたものだと感心する。

  (平成13年作成地積測量図)


   同様にアスファルト舗装に、ステンレス製の座に準拠点表示がされNo1の鋲で全部設置している。

                  

          アスファルト舗装に、ステンレス製準拠点表示の座にNo1の鋲


   一見、地積測量図にはコンクリート構造物の中の角にあるように記載がされているが、実は

  コンクリート構造物とアスファルト舗装の間に設置してあるもの。

          

          

 境界標識(2穴の会標)が設置されており、会標を止める鋲はドリルで穴を開け設置してある。



地積測量図作成者による信頼度

   地積測量図記載の場所に準拠点が無くても、真面目に業務を行なっている者が地積測量図の

  作成者であれば、この作成者は絶対に準拠点を設置しているはずと、じっくり現場を確認するこ

  とになる。

   準拠点位置図で大体の構造物の場所を探し、会標の位置からの距離をテープで測り出し

  コンクリート構造物の中で鋲の頭が飛び、鋲の下半分だけの石と間違いそうなものを発見。


   更に鋲が抜けその後の砂がたまっている穴を見つけることが出来た。


   地積測量図の作成者により評価が相違するのは日常の信用度の問題だから、いつの時代で

  あってもこれは仕方がない。(平成10年作成地積測量図)



準拠点がすべて亡失しても

   地積測量図には道路のコンクリート構造物に準拠点を複数設置しているようになっており

  準拠点位置図にも丁寧に表示されている。


   しかし、道路構造物が老朽化したので改修され準拠点はすべて亡失してしまったもの。


         

            道路構造物(L型側溝)が老朽化したので改修された


         

            現在も道路構造物の改修中、危うく図根多角点も・・。


   いつの時代でもありえる事だ、構造物の改修については知るすべが無い。

   最小限度の予防策としては、準拠点が無くても大丈夫なように全点境界標識を設置して準拠点

  の替わりに境界標識から復元の出来るようにしておくことである。

   準拠点の替わりとなるものは無いのだろうか。


街区基準点から測量比較

   高岡町地区においても街区基準点を使用して分筆している場所がある。

  街区基準点使用の義務化が平成20年4月から、今回の調査が平成20年12月なのだからその間に

  登記申請のされたものである。


   図根多角点も街区多角点を与点にして測量を行なっており、今回の図根多角点と同一の座標系

  であるので境界位置の確認については、単純な座標比較ということになる。


   図根多角点から準拠点を観測すれば座標の比較によりズレは明らかになる。

  それは測量誤差なのだろうか。


   街区多角点について位置誤差はほとんど無い状態と言っても良く、この間に基準点測量により

  4級基準点相当の新たな図根多角点を適正に設置すれば、より位置誤差を消去することが出来る。


   その結果、境界に与える位置誤差はよほどの神経質な境界の確定以外でなければ測量誤差

  範囲として納得できるものとなる。


   ただし、街区多角点を与点として開放トラバース測量による2点で申請地を測るための観測点を

  設置したような場合は、自分自身の測量の精度も解らない測量成果を非常に精度の良い場所に

  放り込む事になる。


   その結果、自分自身の観測結果(観測の荒さや理解不足)がそのまま誤差となって現れる。

   恐ろしい事に、作業当時観測者自身にはその誤差は解らない。

   隣接地を他人が観測した時に現実となって現れる。

   当然のように、新たに作業規定に準拠した観測を行った調査士は不適切な処理を行った観測

  結果に対して自分の観測結果を調整する必要は無いだろうし、行うべきでは無い。


   準拠点がすべて亡失しても大丈夫なように公共測量で測量する意義を考えなければならない。

   さて、今回の座標値の比較はどのようになるのだろうか。



驚 き

   高岡町の調査で判明したことは、最近設置されたと思われる準拠点の多くはNo1の小さい鋲を

  アスファルト舗装に設置している。

   車の通行の激しい場所では移動が考えられるし、すぐに亡失してしまう。

   準拠点設置にあたっての調査士会からの指導は最近記憶が無い。

   20年以上本会が指導してきた事で、会員の中では当たり前の事として取り扱われているので

  本会の指導が無いのかもしれない。


   急激な新入会員の増加もあり、会員の中の半数以上が既に鷹子17条作業を知らない。

   土地を扱う調査士に限ると、その8割程度が知らないだろう。


        

          左上にNo1準拠点、右コンクリート構造物にNo2準拠点


           

        アスファルト舗装に最近設置されたNo1の真新しい準拠点


   ここに記載したアスファルト舗装のNo1準拠点については、単に境界確定のみに使用したもの

  なのかもしれないが、この位置だと簡単に異動することが考えられ、後日再度の測量に使用する

  には不向きだと思われる。



器械の据付の出来る場所

   器械の据付の出来る場所が準拠点の原則である。

   器械の据付は出来るのだが、もう少し道路の内側に設置すれば、簡単に据付をすることが出

  来る。

   器械の据付の上手、下手を争う訳でもなく、この位置で無ければ交通の邪魔と言う訳でもない。

   後日、自分も使用するかもしれない場所なのだから・・。


         

        準拠点はコンクリート構造物に設置してあるけれど、器械は据付にくい。



図根多角点からの準拠点観測

   図根多角点からの準拠点観測は4級基準点と同様の観測を行った。

   水平角2対回、鉛直角1対回、距離測定2回2セットである。

   ただし、図根多角点に器械を据え付け、視通の出来るもう一方の図根多角点を後視点として

  放射測量を行った。


        

                図根多角点から現地に残る準拠点を観測



隣接地図地域との整合性(もう一つのチェック)

   高岡町地区に隣接する吉田地区については、平成8年度に不動産登記法第17条作業により

  地図が作製されている。


   高岡町地区と吉田地区を区分するバス通りには吉田地区の3級基準点、図根多角点と高岡町

  地区の街区三角点、図根多角点が設置されている。


   吉田地区の基準点も高岡町地区の基準点も基本三角点・基準三角点を使用して厳密網計算に

  より順次計算している。


   吉田地区の基準点は平成8年に設置されていることから、旧日本測地系により計算されている。


   高岡町地区の基準点は世界測地系により改測された基本三角点・基準三角点を使用して

  厳密網計算されている。


   TKY2JGDによるパラメーター変換ではないので多少の相違は考えられる。

   吉田地区の図根多角点を隣接する街区三角点と街区多角点・図根多角点を与点として観測する

  ことにより、吉田地区の基準点の位置確認を行なうようである。



通 訳

   いつもの事だが、迷惑おっさんのやる事は簡単に理解出来ない。

   測量のテキストには記載の無いことばかりである。

   もっとも、このあたりの事を記載しているテキストも無い。


   迷惑おっさんの豊富な経験により裏打ちされた独自の指導要領である。

   これを即座に理解できる人はいない。


   最初から一緒に計画した研修であれば、ある程度の方針は共有している。

   だから迷惑おっさんが突然何かやりだしても慌てずじっくり考えれば「これを理解させようとして

  いるのだな。」と気づき、ついニヤニヤすることになる。


   しかし、突然の対応を要求される参加者は何がなにやら解らないということになる。

   特に真面目な参加者は測量テキストに記載の無い事柄が多く戸惑うことになる。


   だが、言われたとおり実行すると間違いなく出来ている。

   実は指導者への示唆であったりする。


    迷惑おっさんの主旨を噛み砕いて説明する人間がいれば、参加者は本当に効率的に深い

   理解が出来る事になる。


   これが、迷惑おっさんには通訳が必要と言われている所以である。

   今回も、高岡町地区の基準点だけでなく隣接する吉田地区の作成済みの図根多角点をチェッ

  クしようとしているのだが、その方法がピンと来ない。


   東西に走るバス通りの北側が高岡町地区、南側が吉田地区である。


   バス通りの北側には高岡町地区の基準点が設置され、南側には吉田地区の基準点が設置さ

  れている。


   準拠点の観測については、高岡町地区の図根多角点から水平角2対回観測、鉛直角1対回観

  測であるが放射測量で観測している。


   街区三角点から高岡町地区の図根多角点を後視点にして吉田地区に入っている3級基準点を

  観測している時、迷惑おっさんが傍にやってきて「道の反対側に吉田地区の図根多角点616が

  入っているので、それを測っておいて」と言われた。


  素直に616にミニプリズムを据えた。


                     

                      吉田地区の図根多角点

   その後、街区三角点で観測をしている測量屋さん、迷惑おっさんから手渡された観測図を

  見て「吉田地区の基準点は単路線で観測しているようなんですよ。」と老眼おっさんに言った。

  (ように聞えた)


   吉田地区の既設基準点の観測についても準拠点の観測と同様に観測してチェックをするのだ

  と思った。


   高岡町地区の図根多角点にTSを据付け、吉田地区の基準点観測を終了したので、そのまま

  高岡町地区の図根多角点にTSを移動すると思ったのだが、目標点であった吉田地区の図根多

  角点にTSを据付け、観測点であった高岡町地区の図根多角点を観測している。


             

               バス通りの左側が高岡町地区、右側が吉田地区


        

          吉田地区の法14条地図作成のために設置された3級基準点


          

  左下フェンス横が街区三角点、右上の岩の横に3級基準点       街区三角点


   準拠点に対しての観測と明らかに相違している。

   高岡町地区の図根多角点を与点とした通常の基準点測量を行なっている。

   どうも測量屋さんは「吉田地区の基準点を単路線で観測しろと言っているようですよ。」つまり

  「吉田地区の基準点を単路線でも良いから、高岡町地区の基準点の座標系に統一するように

  厳密網計算で計算の出来るように観測しろ。」と言っていたようである。


   吉田地区の基準点も厳密網計算されており、単路線計算で行われているはずがない。

   迷惑おっさんの意図は測量屋さんには即座に正しく伝わったのだが、ボケーッと観測の手伝い

  をしていた老眼おっさんにはあのように聞えてしまった。

   老眼おっさんの為にも通訳がいるようになってしまった。


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